【本当にあった虐待の話 第1節-不可解な謎-】

※これは私の実体験であり、主観です。
人によっては、自身の過去を思い起こしたり
強い衝撃を受ける可能性があります。
閲覧は自己責任でお願い致します。

※レズビアンであることと、虐待を受けたことの
関連性はありません。
お笑い番組みたいに、いちいちテロップ出しておきますね。

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女2人のお気楽パラダイス365日
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本当にあった虐待の話 第1節

ネグレクトの記憶。

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被虐期間が十余年に渡るため、未だに記憶がとっ散らかっています。
時系列で書ければ一番いいのですが、そういう訳にもいかないので
記憶に残っているものから書いていきますね。

私ミラ子のこと

5歳~10代後半くらいまで、不自然な痩せ型(やせぎす)でした。
ネグレクトにより、満足な食事を得られなかったためです。

家族構成は、実父、実母、実兄。
後述しますが、親戚付き合いは殆どありませんでした。

父は小さな会社を経営しており、
母は専業主婦で、兄は学生でした。
ごくふつうの一般家庭であり、食料を買えないほど差し迫った経済状況だったとか、そういう
のでは全くありませんでした。

繰り返します。

人並み程度の収入のあった、ふつうの一般家庭で
食料を買えないほど困窮していたという事実はありません。

父と母は超肥満、メタボでした。

それも、だらしのない太り方でした。
そして私だけがやせ細っていたのです。

不可解な謎。

今思うと確かに不思議なのですが
私は、母と食事をしたことが殆どありません。

帰宅すると、母はいつもリビングのソファで寝そべっており
掃除や炊事は一切しませんでした。
食事している姿を見たこともありません。

私「おかあさん、お腹へったよ」
※当時5歳

母「うるさい!自分で作れ!」

冷蔵庫には腐った野菜しかなく

米びつには1合もありません。

そして、家の敷地内にある食料庫にはいつも鍵がかかっていました。

ひもじくてすすり泣くと、
母は私の頬を張って

「うるさい!出て行け!」

と叫びます。

私は、庭に行って地獄へ行こうとしましたが、いつも失敗しました。

何を、いつ、どこで、どのように食べたら…?

これはハピ子に気付かされたことなのですが

何を、いつ、どこで、どのように食べたら
あんな風に太れるのか…
今だに解けない謎なのです。

ちなみに、祖父母は父方、母方とも標準体型でした。

不思議ですね?

本当にあった虐待の話まとめより、一話~読めます。

*第節母親の機嫌が良い日の単品メニュー-いや、マジでに続く。
*前回のお話→本当にあった虐待の話 序曲
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(いちいちテロップ出しておきますね)
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