【本当にあった虐待の話 第2節-母親の機嫌が良い日の単品メニュー-いや、マジで】

※これは私の実体験であり、主観です。
人によっては、自身の過去を思い起こしたり
強い衝撃を受ける可能性があります。
閲覧は自己責任でお願い致します。

※レズビアンであることと、虐待を受けたことの
関連性はありません。
お笑い番組みたいに、いちいちテロップ出しておきますね。

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同性愛者は、機能不全家庭出身者が多いなどと言いますが

あれはウソですね。
「同性愛者を含む、現代の人々は機能不全家庭出身者が多い」が正しいと思います。
この記事を読んでいる方も、もっとひどい目に合わされたり
つらい思いをしている方が多い筈です。

後述しますが、母は鬱でした。
たぶん、私を十余年に渡って虐げてきた期間、ずっと。

ある統計学によると、
虐待されてきた子供の多くは
「親の顔色を伺うクセがある」そうで
例に漏れず、私もそのタイプでした。

常に母親の挙動に怯え、
機嫌を伺っていましたから
人の感情に左右されやすかったのです。

母親は、機嫌がいいと
夕飯にキャベツ太郎(駄菓子)を
ひと袋与えてくれました。
私に与えられていた食事の大多数は
スナック菓子、チョコレート菓子ですが
これは仏壇に供えてあったものです。
仏壇にはたくさんのお菓子が常に備えられていましたが
生きている私が、勝手に拝借するのは許されませんでしたし
ごはんも与えられませんでした。

育ち盛りの夕飯にスナック一袋は辛かったのですが
何ももらえない日の方が多いので
夢中で食べると、あとは眠って空腹を紛らわしました。

高校にあがって昼食が弁当になると
母親は勿論、滅多に作りませんでした。

作るのは決まって不機嫌モードの日で
私の挨拶や会話を無視した後
私が出かけてから、玄関マットの上に弁当箱を置きます。
20時頃、私が帰宅すると
そこには、朝母親が作った弁当箱が置いてあるのです。

夕飯は…と私が聞くと
「弁当があるでしょ」と、
鬼のような形相で言うのでした。

夏の盛り、傷んでいるおかずもありました。

だだっ広いお屋敷に住んでいたわけではなく
ふつうの、木造建ての一軒家だったのですが
聞こえなかったんですかねぇ。毎回。

不思議ですねえ。

本当にあった虐待の話まとめより、一話~読めます。

*第節ネグレクトの後遺症と義父の食育編に続く。
*前回のお話→第1節<a href=”http://365manga.jp/archives/1417″>不可解な謎。
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(いちいちテロップ出しておきますね)
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