【本当にあった虐待の話 第3節-ネグレクトの後遺症と義父の食育編-】

※これは私の実体験であり、主観です。
人によっては、自身の過去を思い起こしたり
強い衝撃を受ける可能性があります。
閲覧は自己責任でお願い致します。

※レズビアンであることと、虐待を受けたことの
関連性はありません。
お笑い番組みたいに、いちいちテロップ出しておきますね。

ネグレクトの後遺症と義父の食育編

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虐待の後遺症は、後から出てくる。

ハピ子の実家への挨拶を済ませ
無事にハピ子家への出入りが許可されたミラ子。
これまでまともに食事を摂っていなかったためか
ある後遺症が発覚します。

味覚障害、ご存じですか?

例えば、出された料理が味付の間違いにより
とてつもなく塩辛くて
ハピ子や家族にとって到底食べられるものでない時でも
ミラ子だけは平然と食べている。

塩味がわからない。

苦味がわからない。

肉も魚もわからない。いやマジで

牛・豚・鶏の判別はおろか
肉と魚の区別がつかない

セロリを食べて、ほうれん草だと言う。

青梗菜を食べて、ほうれん草だと言う。

カブの漬物を食べて、大根だと言う。

数え上げればキリがありませんが
こういった症状が山ほど出てきたのです。

味覚の発達に異常をきたす。

まともなものを、食べてこなかったためと
塩分、油分だけを摂取してきたので
味覚の発達に異常をきたし
食材の判別ができないのです。

調理前の状態を見たことがないので
見た目で食材の判断もつけられない。

また、何を食べてもすぐに消化不良を起こし
しょっちゅう御手洗いにこもっていました。

新しい家族からの「食育」

こうした状態を深刻に受け止めた
ハピ子のお父さんは
料理を提供するとき、必ず
「これは鮪ですよ、これはアジですよ」
というふうに、食材の名前をミラ子に教えてくれるようになりました。

味覚障害へのアプローチ

ハピ子は自宅に帰ってからも
出来合いのものではなく
なるべく、食材を買ってきた状態を見せてから
ミラ子と一緒に料理をして
手作りの食事をとらせるようにしてくれました。

加工前、加工後の姿を見せることによって
食材の名前と姿を一致させるためです。

そして、味付けはできるだけ薄めにし
苦味のあるものや、酸味のあるものを積極的に取り入れるようにしました。

味覚の変化。

初め、ハピ子が作ってくれた味噌汁は味がなく
舌の感覚もよくわからないまま食べていましたが
お父さんとハピ子の献身的な食育により
一年、二年と経つにつれ
ミラ子の味覚はすこしずつ変化していったのです。

本当にあった虐待の話まとめより、一話~読めます。

*第4節期待に添えずすみません。実の母親です。に続く。
*前回のお話→第2節-母親の機嫌が良い日の単品メニュー
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