本当にあった毒親の話(2)崩壊のきっかけ

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若くてかわいらしかった母は徐々に壊れていく

20歳そこそこの年齢で長男を妊娠し

(二人がデキ婚だと聞いたのは家出の直前のことだった)

バツイチの父と結婚した母は、

今思えば周りのお母さんよりも若く

可愛らしかったように思う。

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物心ついた時には

母は、いつも不機嫌で

底意地の悪い人に変身していたから

若さやかわいらしさなんてものは

家を出てこうして振り返るまで感じることは出来なかった。

長男、二年後にミラ子、翌年に妹を授かった夫婦。

父は建てたばかりの一戸建てから

全国に出張の日々。

妹の病院代を稼ぐのと家を守るのに

奔走していたのかもしれない。

妹が、小さな体を

たくさんのチューブで繋がれて

横たわっているのを見たとき

私は死を理解した。

家族ぐるみで付き合いのあった

友だちの家に兄と私は預けられていて

母たちを追いかけるようにして

病院に呼び出されたのだった。

親戚に会ったのは、葬式を含めて4回。親戚づきあいはなかった

親戚付き合いも、ママ友の付き合いも

ミラ子の家は殆どなかった。

親戚は多くいたが、新幹線に乗っても遠い集落に集中していて

こちらに来ることも、こちらが行くことも滅多になく

妹の葬儀にも全員が来た訳ではなかったように思う。

隣の県には父方の親戚がいたようだけれど

こちらは、父方の母【祖母】がなくなったとき

一度会ったきり。

父方の祖母や母方の祖父母とはいつも電話と

お年玉のやりとりがあるのみだった。

今はバツイチやデキ婚は珍しくないけれど

当時母の地元の集落では…。

きっと、勘当同然で一緒になったのだと思う。

家を建てた新天地でも、父との年の差や

お国言葉や若さやらで

母はどこにもなじむことが出来ずに

孤独にいたのかもしれない。

妹の納骨が済んでから

家の中は暗いモヤがかかったようになって

母はたびたびヒステリーを起こすようになった。

お腹を痛めて産んだ我が子を亡くす苦しみは

母親にしか分からないものだけど

私には、死は残された家族の狂気として映った。

     

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