本当にあった毒親の話(65)未知との遭遇

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噂には聞いていたが…大パニック

父の単身赴任先での住処は、4人で住むにあたり

海沿いの提携先側ではなく

駅の側、街側に変わりました。

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駅を身近に感じるなんて、

それだけで都会な感じがしました。

なにせバスもないような場所で育ちましたから。

でも、転校先の同級生たちには

なぜか「東京の人」と思われていて

「すごいね」と言われました。

「東京じゃないってば」と言っても

訛りがない喋り方を笑われたりしましたね…

田舎の価値観ってこういうものなのか。

地元よりも、もっと閉塞感のある印象を受けました。

ニュータウンとまではいきませんが、

ヨーカドーがありましたね。初めて見ました。

この街は道路がきれいに舗装されていて

平地で、気候も穏やか。

夏は涼しく冬は暖かい、過ごしやすい場所だったのを

今でも覚えています。

ただ、過ごしやすいのは人間にとってだけでは

なかったようで…。

ヤンキーって今もいるのか?そこにはバリバリいた。

都会なのは駅前だけで、

といっても関東に比べたらまだ全然田舎で。

お店も早く閉まってしまうので

ヤンキーがたむろしていましたね。

だっさいカラージャージを

腰まで下げて、変な派手髪にして煙草をふかして。

バイクやシャコタンでイキってるような…。

過ごしやすいから外で平気で駄弁ってられるのかもしれません。

ヤンキーとGは初めて見たので

それはそれは衝撃でございました…。

この過ごしやすさが、兄の反抗期を加速させていくことになります。