本当にあった毒親の話(75)お赤飯のお祝い

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善意なのか悪意なのか…嫌だった思い出

時代にそぐわない風習ってありますよね。

伝統を守るのは大切なことだけど

有難迷惑なこと…多いと思う。

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気分のアップダウンが激しく

同じ空間に居ると、

こちらまで気分が下がりそうになる

母のこと。

取り乱したり、物に当たったり

暴言を吐いたり、平手打ちされたり。

躾という大義名分もと

乱暴をはたらいておりましたから

なるべく母とは関わりたくありませんでした。

今みたいにマツ○ヨやト○ズ、

ウェル○アやツル○ドラッグが

幅をきかせていませんでしたから

初潮を迎えた時には狼狽えて

母に相談しましたね…

よく覚えています。

父に言う訳にはいきませんからね。

お祝いの気持ちは感じられなかった

兄の疑問は当然のことだったと思います。

炊き込みご飯、かやくごはんなど

混ぜ物系のご飯は食卓に出ませんでしたし

お菓子かケーキかドーナツか

具のないラーメンが出ればまだ良いところで

父がいなければ、ご飯が出ないのですからね。

父は家族と一緒に住んでも、

毎日4人で食卓を囲むということには

なりませんでした。

最初の1カ月くらいは、平日の夜に

焼き魚を食べたり外食に行ったりということがありましたが

それ以降はやはり、居着かなく

なりましたからね…。

お赤飯の日も、豪華なおかずが出たということはなく

納豆とゆうげが一緒に出た…

程度だったんじゃないかと思います。

母はデリカシーのない人だったし

人の気持ちを考えられない人だったから

あの時、純粋にお祝いをしようと思ってくれていたとは…

考えられませんでしたね。