本当にあった毒親の話(101)母もこの瞬間を待っていた

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目の前のご飯を取り上げる喜び

本当にあった毒親の話はネタバレをご利用ください。

小学校時分から、ずっと運動を続けていたミラ子は

中学でも運動部に所属していました。

父が単身赴任していた海辺の街。

駅に近く、買い物できる場所も近くにありましたが

お小遣いにも時間にも制約がありますから

塾がない日は、家で夜ご飯が出ないと

お腹がすいたまま翌日を迎えることはザラでした。

ただ存在を無視される、だけなら

まだ辛くなかったのですが

言いがかりをつけられたり

ネチネチいびられた上

ご飯を取り上げられるのは

結構精神にきましたね。

実家での「ラーメン」は、袋めん一袋にスープが入ったもので

具が入ることはまずありませんでした。

ラーメンの日があると、

夜ご飯は…具なしラーメン一杯のみ。

それでも、ご飯が出るだけありがたいので

麺がスープを吸うのを少し待って

のびてから食べる

成長期の胃袋には美味しく感じたものです。

少しでも量を増やすべく

考えたワザでしたが

母の格好の餌食になりました。

味に文句を言われて、料理を下げる話は聞いたことがある

「こんな男はイヤだ」シリーズで、

食にうるさい人が結構出てくるけど

贅沢だなぁ、と思います。

せっかく料理をしても、↑こういう反応ばかりなら

「イヤなら食うな」「自分でやれ」

ってなるだろうなぁ。

そういう、大人相手の

食に関する攻防を聞くと

ふいに「ラーメン捨てられ事件」を

思い出します。

食器は限界までためるし

私がキッチンをうろつくと不機嫌な顔をするし

ご飯なんて滅多に作らなかった母。

「早く片付けたかった」

「一生懸命作った料理をまずそうに食べられた」

と言う状況ではなかったと思うし

となると、ただ単に嫌がらせをしたかった

だけなんだろうなと気づきます。

ごはんを取り上げるために怒った

目の前のご飯を一旦下げて

ひもじい思いをさせたかった

─こう考えると辻褄が合います。

この頃には、かなり

母の意地悪根性は末期になってきていたのでしょう。

     
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