本当にあった毒親の話(61)安全な場所

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家以外に拠点を持つことの大変さ

ヒスを起こし、狂ってしまった妻を放置し

幼い子供を生贄に

単身地方へ拠点を移した父。

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元々不在がちな人でしたから

話をする機会はそれほど多くありませんでした。

昔は携帯電話の料金も高かったし、

今みたいにLINEもありませんでしたしね。

父はバツイチ再婚、前の妻との間には

子供はいないようで

ミラ子は遅く出来た娘でした。

妹が急逝したのもあり、

父は父なりに可愛がってくれていたように思います。

会社員の単身赴任とは違い

全て自分でケツを持たねばならなかった。

大変な苦労があったのだろうと

今なら分かりますが

子供の頃の自分には

不在がちな父をずるい、と思ってさえいました。

父に直接ずるいと言ったことはありませんし

本当の経緯は知り得ませんが

常人と違う思考を持ち、ぶっ飛んでいないと

経営というのは出来ないのかもしれません。

父は経営者としては才があったようですが

夫、父親としてはどうだったのでしょうか。

営業先での車中泊。子供には魅力的に見えた。

ハングリー精神で、家族を養っていた父。

提携先はそちらこちらにありました。

文字通り足で稼いで契約をとったのでしょう。

自由きままに暮らしているように見えても

裏を返せば定時がない、ということでもあります。

夜間の呼び出しにも対応できるように

現地で従業員を雇用するまでは

自分が駐車場で車中泊をして待機する必要があったのでしょう。

そんな経緯があって、

父は車を複数台所持し

ワンボックス車のシートを外して後方を

車中泊仕様にし、テーブルを置きテレビデオや

クーラーボックスを設置していました。

今はアクティビティや野外活動、

キャンプのブーム後で

車中泊のグッズがAmazonや楽天などで手軽に買えますが

当時は手に入り辛い上種類もあまりありませんでした。

母に関しては楽しい思い出は…ない。

けれど、私が父のことを慕っていたのは

そういう工夫する力や経済力に対しての敬意から

なのかもしれません。