本当にあった毒親の話(71)ネグレクト時代の幸運

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疲れた=仕事、と言う訳ではもちろんない

自分がいびって辞めさせたのに不満顔の母

夫が不倫していると決めつけて

立ち上げスタッフのMさんを退職に

追い込んだ母。

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Mさんは未亡人で、お子さんは独立されていたため

急な応援要請にもすぐ駆けつけてくれたようです。

本当に働き者で、「よくやってくれている」

と父も話していましたし

幼かった私のことも

よく気にかけてくれていました。

母は社会人経験をろくに積まぬまま

父とデキ婚をして家庭に入っておりましたが

Mさんの退職で

母が少し手伝いに出ることがありました。

(ほんの数回でしたけど…)

Mさん在職時は嫌がらせをしに行っていただけでしたが

自分が業務を行うとなると…状況は全く変わります。

後釜のYさんは、家庭の事情もあって

当然ながら急な要請には応えられる訳もなく…

そのことも、母を不満にさせて…。

あからさまに不機嫌モードの母には触れるべからず

水際作戦。ネグレクト、モラハラ。

母の育児放棄は引っ越してからも続いており

下校してすぐ、母の空気を感じると

ランドセルを置いて、自転車でコンビニか

ホームセンターに行きました。

塾や公文がある日は出来ませんでしたけど、

そういう日は眠ってやり過ごしました。

この頃住んでいた借家は

駅にほど近く、買い物する場所が近かったので

買う気になれば食糧が手に入ったのです。

以前の村では不可能でしたから、

その点は本当に恵まれていました。

父はお小遣いをよくくれたので

千円札を裸で、引き出しの中に貯めておいて

こういう時に食費に充てていましたが

お弁当は高いので

ホームセンターに行って、特売のお菓子を買って

ちょっとずつ食べていましたね。