本当にあった毒親の話(12)母親の役割

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共働き家庭の方が珍しかった平成時代。

昭和から平成に変わったばかりの時代のことでした。

専業主婦が殆どで、その村には当時

集合住宅に住んでいる友達もおらず

マンションやアパートの描写が

漫画やドラマに出て来ると

それはそれは、珍しい目で

観たものです。

でも、それは土地が安く

電車を使うような都会ではなかったからのこと。

車がないと生活できませんし、

コンビニだって、まだセブンイレブンすらなく

近くの商店は19時には閉まってしまう。

小学校までも3キロ近く

離れていました。

母がパートに出るにしても

街に行くか、少し奥まったゴルフ場に

期間限定で働くかという塩梅でしたので…。

子供が小さいうちは、母には家庭を守ってもらった方が

父としては都合が良かったのかもしれません。

典型的な昭和のクソジジイ

父はお育ちがあまりよろしくなく

当時としてはとても珍しい

バツイチでした。

母も母で、記憶にある限り

このキャディのバイトを数日で辞めたほかは

趣味といった趣味はなく

日がなソファでごろごろしては

父が帰ってこない日は

家事をためるだけためる有り様。

かなり歳の離れた

若い嫁を貰った父でしたけど

敢えてそういう田舎女に狙いを定めたのかも

しれません。

言動の端々に、他者を見下しているさまを見ましたし

ああ、自分の父親は

昭和のクソジジイで

自分の母親は

キ○ガイだし

お似合いだな、と思います。

     

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