本当にあった毒親の話(29)言わずにはいられない

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挨拶か?というくらい言われてたこと

兄が生まれたばかりの時は、

九州に住んでいた両親。

東京に移住して、アパートに住んでた時の

写真を見たことがあります。

「父も集合住宅に住むんだな」

と、思ったのを覚えています。

私の記憶には、この田舎の戸建てしか残っておらず

父は都会を車で通過する時に

さんざんバカにしていましたから。

自分も住んでたのにね。

母もマウンティング気質でしたし

似た者夫婦だったんでしょうねぇ。

田舎なんて人付き合いしなきゃ

生きていけないんだから

都会の集合住宅に住んでた方が

この夫婦には良かったと思いますが…。

家の、グラスや皿の類は、

立派なものではありませんでしたけど

沢山並べて飾り棚にありました。

家族の人数よりだいぶ多かったと思います。

来客もないのに。

あれはインテリアだったのかな?

何食べてるの?

また大きくなった?

田舎の人は本当に…

言ってくるんですよ。

それほど目立っていたのでしょうね。

何を食べて腹がいっぱいだったんだ?

妹の死去で、歯車が狂いだした母でしたが

記憶にある限り一緒に食事したことが

殆どありません。

「そういうもの」だと思っていましたけど

振り返ってみると妙ですね。

あんな田舎で、あそこまで太れるのは

かなり不自然です。

今みたいにアマゾンや楽天でお取り寄せが

気軽に出来た時代ではありません。

コンビニだってない。

商店もスーパーも

遠いし(皆さんが想像する遠いとは全然違う)…

どこに食糧を隠して食べつくしていたのでしょうか。

子供には分けずに。

     

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