本当にあった毒親の話(63)それぞれの想い

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単身赴任を続けるか、否か。

ミラ子一家が当時住んでいたのは

過疎地の田舎でしたね。

吸収合併を繰り返して

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今は、「市」になったようです。

時の流れを感じます。

周囲もみんな顔見知り。

保育園から中学校、なんなら高校も

大体一緒という塩梅ですから

色々な意味でアットホームでしたね。

空気はいいし、自然も豊かで

本当に良いところでしたが

当時住んでいた家は

母親の狂気に満ちていたので

父と母が一緒に住めば

全て解決するのではないか

と短絡的に思いました。

引っ越しをしぶる母のことが不思議だった

兄の反対は想定内でした。

付き合っていた女の子がいたから。

でも、母が反対するとは思いませんでした。

妹が他界して数年経っていたけれど

家の近くに建ててしまった妹の墓と

母は離れたくなかったのかもしれませんね。

父には「友達と離れるのがイヤ」

と言っていましたけど

友達なんていたかな?

Aちゃんママのことだろうか。

今でも思い出せるくらい

本当に良いお母さんだったなぁ。

母はAちゃんママと良い関係を築こうとしていたのか不明だけど

恐らく新天地での人間関係を一からつくるのが

だるかったんだろうな。

そんな田舎に建てた家じゃ、買い手どころか

借り手も見つからない…というのもあったでしょう。

でも、家そのものと家族との時間は

どっちが大切だったのだろうか。

亭主元気で留守がいい…の典型だったのか。

寂しくて壊れたのかと思っていたけど

一緒に住むのはイヤになっていたのか…

夫婦ってよく分かりませんね。

元々家族は母&兄 vs 父&ミラ子で

行動することが多かったのですが

引っ越しの件でそれが顕著になっていきます。